自分の最高点を見極める。今村昌弘さんインタビュー

『屍人荘の達人』

このミステリーがすごい!2018」第1位、
2018 週刊文春ミステリーベスト10」第1位、
2018 本格ミステリ・ベスト10」第1位、

そして、18本格ミステリ大賞を受賞。

『屍人荘の殺人』で第27鮎川哲也賞を受賞しデビューすると、その後ミステリー関係の多くの賞を受賞するという快挙を成し遂げる。

その斬新すぎるトリックは読んでいくなかで「これはよくあるミステリとは一味違うかもしれない」と思わずにやけてしまった。

ぞくぞくするほど新鮮だったのである。

ごりごりのミステリ好きで小さい頃から親しみ、推理小説を読み漁る一方で自分でも小説を書き、評価されデビュー・・・。

「推理小説家」という存在というのはそういった種類の人たちばかりなのだろうと勝手な偏見を持っていた私は、著者の今村昌弘さんに会い、話を聞いていくなかで考えを大いに改め、また自分自身についても深く考えることとなった。

読者の意識的な盲点をつきたい

ーー「ザ・本格ミステリ」といったタイトルですが、こちらは今村さんが考えられたのですか?

はい。応募時点から変わっていません。小さい頃、初めて本格ミステリに触れた「金田一少年の事件簿」の印象が強くて、こういうものを書くならやっぱり「〇〇の殺人」とか「〇〇の事件」みたいなものが良いかなと思ったからです。それと、締め切りギリギリまで校正していたこともあり、凝ったタイトルを考える余裕がなかったこともあります。なので、実はペンネームも考える余裕がなく本名なんですよね。

ーー密室トリックとしてのネタがかなり斬新だということで話題ですが、このトリックは最初から考えていたんでしょうか?

はい。「鮎川哲也賞に応募する」と決めたときから、一番好きな密室トリックを使いたいなと考えていました。なので、どういう密室にしようかなといろいろ考えたんですけど、トリックとしては結構出尽くされていて思いつかなくて。じゃあ、密室の設定そのものを新しくしようということで、壁に囲まれて出られない密室ではなく、何か他のものに囲まれて出られないと言う状況を考えたんです。

なので、ストーリーも何もないところから「〇〇を使った密室」と言うのを第一に決めて、そこから他のものを決めていきました。

ーートリックの考えるときはどんなことを意識していますか?

あまり道具を使いすぎないということですね。例えば、ドアを閉めるだけでしたら、昔から針と糸を使って・・・などいろいろあります。でも、結局ものを使ったトリックって後からどうとでも考えられてしまうんですね。なので、読者の意識的な盲点をつくようなトリックを考えたいなと思っています。

ーー書くことに関して大切にしていることはなんですか?

わかりやすい、ということですかね。友人に見せるだけなら、その場にいる4~5人くらいを意識すれば良いんですけど、無数にいる読者全員にわからせないといけないので、どうやってそれをやるかというのが難しいなと思います。それに「本格ミステリ」ってどうしても難しく聞こえるじゃないですか。ミステリファンだけならいいんですけど、そうじゃない人って多分構えながら読むと思うので、なんとか入りやすいようにしてあげたいなと思います。キャラクターもわかりやすいようにしてあげるなど、なるべく枠にとらわれないものをしようと思っています。

ミステリが向いているのかもしれないと思った

(やってみたかったという見取り図を使ったトリックは、応募の段階から自分でフリーソフトを使って作ったのだそう)

ーー元々ミステリを読んでいたわけではないと伺いましたが、ミステリを書こうと思い立った経緯を教えて下さい。

「小説を書こう」と思ったときに、ネタになるような専門知識を持っていなかったので、最初は自分の想像で補える範囲のジャンルを書こうとホラーや、SF、ファンタジーなど色々と挑戦していました。それから、なるべくたくさん書いて応募したいと思い、短編やショートショートを主に書いていました。

ーーミステリではないところからのスタートだったのですね。

そんななかで東京創元社さんの「ミステリーズ!新人賞」で、最終選考まで残ったんです。そのとき、ほとんど初めてミステリを書いたんですけど、それをきっかけに「自分はミステリにも向いているのかもしれない」と思いました。また、最終選考に残ったことから出版社である東京創元社さんとも相性がいいのかなと思ったんですね。そこで、3ヶ月後に鮎川哲也賞の締め切りがあると知り応募することを決めました。

ーーー初めての長編ミステリが応募作ということになるのでしょうか。

はい。それまでミステリというものを書いたことがなかったので、「本格ミステリ」というようにある程度条件が決まったジャンルのものの方が自分には書きやすいんじゃないかなと思ったんです。あとは、今まで自分が勉強しようと思ってミステリを読んできたものの中でも、きっちりとした手順や論理をたどって最後に一人の犯人にたどり着く、といったものが一番好きだったということもあります。

ーーそういう状態からジャンルを決めていくとなると、書いていく中で苦労することもあったのではないですか?

とにかく初めて書いたので、自分がやっていることが正しいのどうかもよくわかっていませんでした。なので、この作品はとにかく自分のやりたいことをたくさん詰め込んだ作品にしようと思っていて。登場人物が覚えやすいものになっているとか、見取り図を使ったトリックとか、これまで自分が読んできて「こんなことやりたい」と思うものを詰め込みました。最初は勢いに任せて書き上げて応募したので、苦労というとどちらかというと受賞後に担当さんと一緒に校正作業をしていく時の方が苦労したかもしれません。

ー校正というのは実際に出版するかたちに直していく作業ですね。

指摘に従って、僕が直していくとどんどん長くなってしまうんです。あるとき「あと何ページくらい増やせるんですか?」と聞いたら「逆に減らさないとダメです」と言われしまって。それは一体どういう魔法でやればいいんだ・・・! と思いました(笑)好きなことを書くのは楽なんですけど、それを読者の目に耐えうるくらいまで完成度を上げるというのが大変でしたね。ごそっと文章を入れ替えたりといった結構大胆な改造もしましたよ。

ーー応募する段階ではどのくらい校正したんですか?

初稿を大体2ヶ月くらいで書き上げて、最後の1ヶ月を校正に費やしました。PCで書いたデータを見ながら1回。後はプリントアウトしたものを見ながら2回したので合わせて3回ですね。不思議なもので、同じ文章を読んでいるんですけど、紙で見るとまた違った印象を受けるんです。紙の方が同時に入ってきている情報量が多いのかなという気がして、読めるスピードもデータよりも紙の方が早いんですよね。

ーー1度出来たものを直していく作業って難しいですよね。

仕事を辞めて執筆作業に専念しようと思ったのも、実は校正に時間がかかるからだったんです。休日とか仕事の合間とかに自分の好きなものを書いて応募するだけならいいんですけど、それをいいものにしようとすると校正が絶対に必要ですよね。それも一回ではなく、何度も繰り返さなくちゃいけないし、見るたびに自分の考えも変わっていきます。

また、数ヶ月おいてから見るとまた違う見方が出てきたりもして。それを仕事をやりながらやるとなると、一つの作品を仕上げるのに1年以上かかってしまうんですよ。このペースで続けていたら、自分の本当に書きたい作品を書けるのが数十年後になってしまうなと思いました。たとえ10年後だったとしても、20代の自分と30代の自分だと、それこそ世界の見え方も変わってしまいますよね。なので、今、執筆から校正まで全力を注がないとダメだなと考えて仕事を辞める決断をしたんですよ。

ーー書いている際の環境はどういったものだったのでしょうか?

家とかカフェとかですかね。どうしても家にベッドがあると寝てしまうので、午前中は無理やりそこから離れるために、よくいくカフェをいくつか見つけて通っていました。アルバイトせずに貯金を崩しながら執筆していたので、1日1食で過ごしたり、エアコンは使わず湯たんぽで暖をとったりしていましたね。あとは1日の合計の飲食費を1000円までにしようと決めていました。だから、カフェで400円のコーヒーを飲んじゃったら後は600円で1日を過ごさないといけないなとか計算して生きてました。

ーー私もカフェにこもって作業することがあるので、共通点が出来て嬉しいです。

執筆するにはそこそこの広さのテーブルが欲しくて、あんまりガヤガヤしてると集中できないので、静かなカフェが良いですよね。さらに、あんまり自分が長時間いても邪魔にならない環境が良い。でもそういうお店ってお客さんがいないということなので、潰れちゃうんですよ(笑)だから僕が今まで行ったお店、実は二つくらい潰れてるんですよね・・・。

時間としては大体2時間ちょっとくらいを目安に移動してました。でもあまりハシゴもできないですよ。1000円以内におさめないといけないので、多くて二回ですね。そうすると、かなりひもじい1日になっちゃうんですけど(笑)

喋ることで笑わせることが好きだった

ーー書くこと自体を始めたのはいつ頃だったのでしょうか?

書くことを始めたのは大学卒業くらいですかね。国家試験を受けないといけなかったんですけど、試験勉強が嫌で現実逃避のために始めました。

ーー作家になろうという気持ちはそのときに芽生えたんですか?

元々僕はバレーボールをずっとやっていたんです。なのになぜ書くことを選んだのかというと、人と喋っていて自分の考えたことで笑わせることがすごく好きだったからなんですね。

チームスポーツってすごく難しくて、コートのなかで立ってる時間だけでは到底互いのことを理解しあえないんですよ。人と喋って理解しあうという行為がものすごく大事になってきます。そのなかで自分は喋ることが好きで、人を楽しませることも好きだなと気付いて、自分が考えたり生み出したりしたもので人を楽しませることがしたいなと思うようになっていきました。

でも、自分にできる表現の仕方はシンプルに字を書くことしかないなと思ったんです。もちろんこれまで、自分の文章を書くって技術はないですし習ったこともないです。でもこれを読んだ友人はみんな、「僕っぽかったね」って言うんですよ。だから結局どうやって喋ったら全員に伝わりやすいんだろう、とか今まで自分が考えてきたものが文章に出ているんだなと思いました

ーー期限を決めて執筆活動をされていたと聞きました。

29歳から32歳までの3年間だけ執筆活動に打ち込むというように決めていました。正確には「3年」と思っていたんですけど、応募してから結果で出るまで、半年かかるということを考えていなかったので、予定より半年短くなってしまったのですが。

ーー期限までにデビューできなかったら、もう書くことは辞めるつもりだったんですか?

実は、ぼくは小説家になりたいから仕事を辞めたわけではないんですよね。職業として「小説家」になりたいから仕事を辞めたわけではなくて、自分が表現できるものをやるには今しかないと思って辞めたんですよ。さらに、それを突き詰めたいから期限を決めたんですよ。表現すること自体は好きでたまらないので、例え小説家になることが無理だとしても、続けようと思ってましたね。

ーーそうだったんですね。

お金になるものかどうかを見極めるための期間でもありました。

スポーツに例えると、きつい練習はなぜするかというと自分の限界がどこかを見極めないといけないからだと思うんですよ。ただ毎日同じ練習をジムに行くみたいにずっと繰り返すんじゃなくて、自分の最高点がどこなのかというのを競技者は考えて練習しなくてはいけないんです。今の自分は体力面ではもう学生のときの最高点は越えられません。でも、「創作」っていうジャンルの最高点はまだまだここから越えられることもあるかもしれないなと思ったんです。ただ、数年経ったら執筆に関する体力的なものも衰えて行くし、若い頃の柔軟な発想力もなくなってしまうなと思いました。だから仕事を辞めて、全部をそこに注ぎ混んで、創作する上での最高点を目指したいと思ったんです。

仕事にできるまで続ければ、夢が叶う可能性は100%

ーー「書く」ということを仕事にして行きたい人へメッセージをいただいてもいいですか?

ひとつ言えるのは、書くことをやめたら夢が叶う可能性は0%だよ、ということですね。どんなに下手でも続けていれば、そこに可能性はあるわけです。

作家という職業って「羨ましい」って言われがちだと思うんですけど、でも「羨ましい」っていう人の中で本当に作品を書き始める人って1割だと思うんですよね。書くことを始めたとしても、当然最初からうまく行くはずがないから、そこで辞めてしまう人が9割います。小説家になるのってさらにそこから1割なんです。「作家として暮らしていける人なんて一握りだよ」ってよく言いますけど、その母数ってめちゃくちゃ少ないんですよ。確かに一握りではあるんですけど、でも日本で一体何人の人が小説家になるのにふさわしい努力をしているのかな、と思うんです。「小説家になりたいけど才能ないのでやめます」っていう人はそもそもその母数に入っていないんですよね。だから、本当にやりたい人は続ければいいし、続けているうちは絶対に0%じゃないですよね。むしろ、仕事にできるまで続けていたら、可能性は100%になりますよね。

ーー小説家になりたい、と言うのは子供の頃の夢としてもよく聞きますが、確かに大人になってもそう思っている人ってとても少ないですよね。

もちろん、仕事として小説家になりたいのか、小説を書きたいのかというのでも随分違うとは思いますよ。「小説家になりたい」のであれば仕事続けながらでもやったら、と思います。なれるかどうかなんてわからないので。でも、自分のベストの小説を書きたい、それが今しかできないというのであれば、今、そこに注ぎ込まないとわからないのでは、と僕は思います。

体育会系の話ばかりで申し訳ないですけど、高校球児と比べてみたらすごく楽だなと思っているんですよ。だって夏の甲子園に出場するチャンスって3回しかないじゃないですか。数ある県内の高校の中で一位を取らないと甲子園には行けないんですよ。ものすごくヘビーじゃないですか。それに比べたら、小説家になることなんて無数にチャンスはあるし、何才まででもできるし、と思うと楽な挑戦だなと思うんですよね。

ーー2年半の間、今村さんはとことん集中してやっていたんですもんね。

はい。結局、高校球児ってものすごい熱量込めて甲子園に行こうとしてるじゃないですか。それを小説で同じことをしようと思ったら、仕事をやめて注ぎ込んでみるというのは目指す方向として別におかしいことではないのかなと思います。絶対すべき! とまではいいませんけどね。

僕は勝負の世界に当たり前のように接して来たので、こういう考えになっちゃってるんですよね。小説家って考えてみるとコンテストとかではふるい落とされていくんですけど、誰かと直接対決してる意識にはならないのかもしれません。僕は目の前にいる相手に負かされて、向こうはわーーっと喜んでいる横ですごすごと帰らなければいけない経験をずっとして来ているので。負けることの悔しさや勝つことの難しさ、そのひと勝負の重みを考えると、作品一つ書いて送るのってどれだけ楽なことかなと思ってしまうんです。

だから、専門的な勉強もしてなくても、僕のように29歳からの挑戦でも、全然遅くないですよというのは言いたいですね。

インタビュー中、真っ直ぐに目を見て「僕は体育会系の人間なので」と熱く語ってくれた今村さんの言葉には端々から誠実さを感じられた。

 

何かを新しく志すとき、特にそれが社会人になったあとは、常に自分に問いかけなければいけないようと思っていた。

「本当は何がしたいのか」「どっちつかずになっていないか」「仕事を言い訳にしていないか」

そして、その問いにはきっとどこかで答えを出さないといけないと、と思うのだ。

それが仕事になるのかならないのか、自分ができる最高点はどこなのか、とことん見極めなくてはならないと2年半向き合うことを選び、それが結果になった今村さん。

 

では果たして、自分の最高点はどこなのだろうか。

そんなことを改めて考えるきっかけをくれる熱い話を聞くことが出来た。

ABOUTこの記事をかいた人

佐倉ひとみ

東京都生まれ。フリーライター。小さい頃から図書館通いを欠かさない活字中毒者です。すきなものは、児童書と旅とたまご料理とやさしいことば。