実感をあつめよう|すべての書く人を応援する広告コピー研究所 #03

みなさん、こんにちは!

「すべての書く人を応援する広告コピー研究所」新人研究員のモリシタです。

誰かの「胸に刺さる一行」を書くために、世の中にあるお手本から「法則」を抽出し分析していく連載の第三回目!私が見つけた「法則」を引き続き発表していきます。それでは早速参りましょう。今回はこちらです。

「実感の法則」です。

この法則を使ったコピーはこちらです。皆さんはどんな法則か抽出し説明できますか?

※画像出典:東京コピーライターズクラブ(2010)『コピー年鑑2010』宣伝会議

 

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メダルがとれると、思ってなかった。
コーチが泣くとも、思ってなかった。

誰よりも練習した自信がある。
けど、隣の選手もそういう顔をしている。

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もしかしたら、どんな法則かがわかりやすいかもしれません。少し抽象的な法則です。でも、侮ることなかれ。結構奥が深い法則なんです。

先ほど紹介したポスターのコピーは、水泳のジュニアオリンピックに臨む選手たちに向けたものでした。勝負の世界で生まれる喜びや不安というような繊細な気持ちをすくいとり表現しているこの言葉に、選手たちは励まされ背中を押された気持ちになったのではないでしょうか。

このシリーズには、他にもたくさんのコピーがあります。

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練習をさぼりたくて、
さぼらなかった人の泳ぎを見せてやる。

練習がつらくても、涙はこらえた。
表彰台にのぼったらムリだった。

泣いたのがプールなら、笑うのもプールだ。

泳いだ思い出しかない夏でいい。

スタート台に立った。深呼吸した。
声援をいっぱいすいこんだ。

すごいタイムが出た。
別の人のタイムじゃないかと思った。

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※このシリーズはコピーライターの大貫冬樹さんとアートディレクターの窪田新さんが長年制作されてきました(許可をいただきお名前を掲載しています)

この「実感の法則」のポイントは、

“読み手が無意識に感じていることを言語化してあげる”

ということです。

「自分がどう思ったか」を書くというより、「相手がどう思ったかを書く」ということを意識しなければいけません。そうしてあげることで「そうそう、それを言いたかったんだよね!」と読み手に納得感が生まれ共感されやすくなります。

もちろん、想定している「読み手」の範囲に「自分」が含まれている場合、それは自分の実感を信じて書くことができます。

「誰に届けるか」を意識する。

その少しの違いで、ただ自分の感想を書くのか、読み手の胸に刺さる魅力的な一文になるのかが変わってきます。

この法則には、レトリックの絶対的なルールというものはありません。厳密に言えば、例えば「そうか、」や「ああ、」などの感嘆表現を入れるなど、いろいろ方法は考えられるのですが、今回お伝えしたい本質はそこではありません。

共感される「実感」をあつめて、相手に届けるということが大切です。

コピーは足で書け

では、この法則を使って文章を書くにがどうしたら良いのか。

カギは「足で書く」です。

「足で書く」とは、デスクに座って想像しているだけではなく、実際に足を運んで商品やサービスを使ってみたり、現場に行って体験したりすることで、実感を伴ったリアルなコピーを書く姿勢です。

例えば私が「年齢の離れた女性の気持ち」を書く場合、どうしてもそのまま考えてしまうと想像の範囲でしか書くことができません。その状態で書いたコピーは結局誰からも共感されないものになってしまいます。

想像で書いた文章は見透かされます。うわべだけだとすぐに分かってしまうものです。私が昔先輩にコピーを見せたとき「想像でしか書いてないよね」とか「嘘くさい」と一蹴された経験があります。今思うと本当に恥ずかしいコピーでした。反省です。

そう、本当に共感される文章を書くためには「実感してみる」しかありません。

例えば、化粧品のコピーを書くことになり実際に自分で化粧をしてみた男性のコピーライターの方がいたり、車のコピーを書くために本当にその車を自腹で買った、というエクストリームな方もいらっしゃいました。

優秀な方ほど実際に「書く時間」は少なく、その前のインプットに多く時間をかけている印象があります。『ほぼ日』を主催するコピーライターの糸井重里さんも「すぐにコピーを書くことはできない」と明言されていました。

コピーも文章も、自分の人生以上のことは書けないのです。

(書ける方は天才的な感性と想像力の持ち主だと思います)

しかし、それは逆に人生の全てが“ネタ”になるということ。やったことのないものには積極的に挑戦し、知らないことを人に聞いてみるなどして、実感をたくさん蓄えていくことが深みのある文章を書く秘訣なのです。

あれ、でも、そうすると長く生きていて人生経験の豊富な人の方がいい文章を書けるんじゃ?と思うかもしれません。確かにそうです。

ですが、女性なら女性の、10代なら10代の方にしかわからない「実感」というものが必ずあります。なので、一概に人生経験がないから書けない、と悲観する必要はありません。

自分という人間が一人しかいないように、
自分にしか書けない文章が絶対にあるはずなんです。

ではここから「足で書く」をより具体的にしていきたいと思います!

この「気持ちを意識的に捉える」癖を普段からつけておくことが大切なのです。

体験しよう

実感するための「体験」の流れをより詳しくまとめてみました。

自分が素直に体験してみたときに、どの部分で自分の心が動いたか、そのポイント意識してみましょう。自分が感じたということは、他の誰かもそう感じるはずです。

この体験をもとに書かれたお手本のようなコピーがあります。それがこちら。

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同じツアーの外国の人が、
楽しそうか、なぜか気になる。

(はとバス)

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※画像出典:東京コピーライターズクラブ(2012)『コピー年鑑2012』宣伝会議

書かれた方はおそらく実際にバスツアーに参加して、実感を抽出したのでしょう。ツアー客が無意識に感じるであろう感情を言語化してくれているコピーです。

取材と観察をしよう

現場に行くと、そこにしかない「空気」があります。

その場所で、人の動きや表情を見る。匂いをかいでみる。触ってみる。耳をすましてみる。話を聞いてみる。

そうすると、「ここにいる人たちはこんな表情をするのか」や「そんな風に過ごすのか」というように、自分の頭の中だけでは想像できない新鮮な感覚が得られます。

2003年に出稿された「朝日新聞社」のコピーにこんなものがありました。

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このままじゃ、私、可愛いだけだ。

(朝日新聞)

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※画像出典:東京コピーライターズクラブ(2005)『コピー年鑑2005』宣伝会議

このコピーを書いた吉岡虎太朗さんというコピーライターの方は、たまたま奥さまが発した言葉を聞いて着想を得たそうです。ふとしたときにぽろっと出た人の本音は、共感を生みやすい。現場で耳をすましてみてください。

でもでも。いざ書けた、と思っても実際その一行は誰かの胸に刺さるものなの?と疑問が残るかもしれません。

その場合「人に読んでもらう」ということをオススメします。家族や友人に読んでもらい感想を聞いてみてください。これがシンプルで一番効く方法ではないかと実感しています。

自分で書いた文章は可愛く見えてしまうもの。そんな時は他人に聞いてみることが一番手っ取り早いのです。文章が独りよがりであることや、違った角度からの思わぬ発見が見つかることもありますので、侮れない方法ですよ。

「切なさ」は強い

私は、いちばん共感性の高い感情は「切なさ」ではないかと考えています。

「物の哀れ」や「儚いもの」に、いつの時代も人は惹きつけられます。

春の鮮やかな桜。夏の夜を彩る花火。それらには華やかさだけではなく、儚さがある。だから大勢の人が毎年足を運ぶほど愛してやまないのではないでしょうか。

この『明日のライター』の編集長で研究所の所長である西島知宏さんが書いたレポート「勘違いして4年で電通から独立したらエラい目にあった、俺死ね!」の中で、多くの反響があったのはこちらの一行でした。

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誰もがたった一人の人間でさえ、幸せにできない。

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この一行にはちょっぴり苦々しいリアルな切なさが入り混じっています。

他にもこんな「切なさ」のコピーがあります。

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一緒のはじめては、
あと何回あるんだろう。
(JR)

帰る時に、泣かれると辛い。
我慢されると、もっと辛い。
(ドナルド・マクドナルド・ハウス)

なんでお母さんは、
病気になると「ごめんね」って言うんだろう。
(バースデー健診)

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胸の奥がギュッと苦しくなるような、それでも、惹きつけられる何かがありますよね。

「切なさ」は、人間が「永遠なんてない」ということを知っていて、かつ「思いやることができる」がゆえに生まれた感情なのかな、なんて思っています。

テーマやトーンによりますが、「胸に刺さる一行」を書く際には、少しの「切なさ」を意識してみるのはいかがでしょうか。

今回もいろんな文章やコピーを紹介してきましたが、こうして改めて見てみるとわかるのは、「胸に刺さる一行」というのはいつも「人間のことを書いている」んです。だから、書く人は常に自分を含めた人間と向き合い続ける必要がある。

「実感の法則」は少し抽象的かもしれませんが、「誰に届けるか」という文章を書くための考え方の土台になる法則です。

つねに勇気を持って外に向かって心を開き、内なる心に深く潜っていく。それを繰り返しながら、一本の筆に思いを託す。

誰かの「胸に刺さる一行」を書くためには、いつも「書く人」として生きる覚悟が必要なのかもしれません。