胸に刺さる一行を書こう|すべての書く人を応援する広告コピー研究所 #01

みなさん、こんにちは!

私は「すべての書く人を応援する広告コピー研究所」で日々研究に励んでいる、新人研究員のモリシタと申します。

言葉は、どんな言葉とも結合し化学反応を起こすとても興味深いものだと、日々の研究で実感します。ときに炎上(酸素)したり、ときにナイフ(鉄)のように人を傷つけたり、ときに塗り薬(オロナイン)のように傷を癒したり…

さまざまな状態変化を起こしていくことを、みなさんも生活の中で実感されているかと思います。

実はこれから、この「明日のライター」という場をお借りして、私が日々研究している「広告コピー」を研究レポートという形で発表していきたいと思っています。

でも、なぜこの「明日のライター」という場で広告コピーの研究発表を?

と思われるかもしれませんが、それにはちゃんとした理由があります。そのきっかけは、研究員である私の上司、ニシジマ所長からとある「発見」を教えていただいたからでした。

それはこんな発見です。

ニシジマ所長が昔「勘違いして4年で電通から独立したらエラい目にあった、俺死ね!」という研究レポートを発表したことがありました。

(どうやらニシジマ所長は現職に就くまでに大きな会社から独立し、新たにご自身の会社をつくった後さまざまな困難を乗り越えられてきたようです)

このレポートは現在までで約40万ページビューを記録。発表当時はネット上で沸点に達し大きく話題になりました。そこで、ニシジマ所長がこのレポートの読者からの反応を抽出した際、“人は「胸に刺さる一行」を読みたがっている”という発見をされたそうです。

確かに私自身のことを思い返すと、強烈に好きで何回もリピートしてしまう映画や音楽には「この1シーンが観たかった」「この1フレーズが聴きたかった」と思える部分がありました。

みなさんはいかがでしょう?

ですからきっと、人の心に深く残るコンテンツには共通して「胸に刺さるたった一つのもの」が存在するのではないでしょうか。

前置きが長くなりましたが、私がこの場で広告コピーの研究成果を発表しようとペンをとった理由は、人の記憶に残る文章には「胸に刺さる一行」がある。そしてその一行は、広告コピーの書き方から学べると思ったからです。

私が研究を発表することで、僭越ながら少しでも多くの「書く人」を応援できればと考えました。

Web記事に魅力的なタイトルをつけてクリックしてもらったり、心震わせる一行を添えて忘れられない記事として記憶してもらったりするには、広告コピーの発想や法則が大いに役立ちます。

ちなみにニシジマ所長が書かれたレポートで多くの反響があったのは下記の一行でした。

会社を設立された当時のニシジマ所長のリアルな声が、多くの人の胸にチクリと刺さり共感を呼びました。

「胸に刺さる一行」を書くためには?

では、「胸に刺さる一行」を書くために、どうやって広告コピーから学べばよいのか?

答えは簡単です。

印象に残る広告コピーには必ず法則があります。そのため、いかに過去に多くの人から良いと言われた、もしくは自分の心に残ったコピーを見て、そこから法則を抽出し蓄積できるかが大切です。

そして、それをいざという時にしっかり活用していくことができれば、自分の心強い武器にすることができるのです。

もちろん、ただ単純に過去の事例をパクってしまったり、どこかの研究所のように成果をズルをして「胸に刺さる一行はあります!!」と言うのはよくありません。

いかに法則を蓄積し、組み合わせ、自身の経験や時代性を混ぜ合わせながらオリジナリティを出していくかもポイントになっていきます。

「凡人は模倣し、天才は盗む」by ピカソ

これは「先人の傑作を前にしたとき、凡人はただパクってマネをしてしまうが、才覚のある人は盗み自身の血肉としてオリジナリティを出すことができる」という、画家のピカソの言葉です。

マネをするということにとどまらず、法則性を分解、再構築し様々なものと組み合わせて独自のものを生み出すことが素晴らしい化合物をつくる秘訣なのです。

そのためには、繰り返しになりますが、過去の事例から法則を抽出することと、その蓄積がとても重要になります。

言葉は、不自由だ。

最後に、自身の経験を通して言葉について実感することを書かせてください。

言葉はとても不自由です。

どんなに心の中では思っていても、なかなか伝えることができない。思ってもみなかったことが間違って伝わってしまい、人を傷つけてしまうこともある。私は今まで、うまく人に伝えられずたくさん苦労をしてきました。

お恥ずかしいですが、「どうして人の気持ちがわからないの」とか「人間 siri 」と言われたこともあります。

今でもわからないことだらけです。できないことだらけです。でも、同時にこうも思うのです。

言葉は、自由だ。

※「ことばは、自由だ。」は、今年発売された『広辞苑 第七版』の販促プロモーションに使われているキャッチコピーでもあります

昔からずっと言葉は人に使われ消費されているのに、人は言葉に飽きることがありません。「いい加減もう新しい言葉なんて生まれないのでは?」と思うものの、流行語大賞にノミネートされる言葉は毎年新鮮に見えます。言葉の海は、ずっと深く、ずっと遠くまで広がっているのです。

不自由で、自由だ。

一見矛盾していますが、だからこそ言葉はおもしろく、奥深い。そして言葉がおもしろいから、人っていつの時代もおもしろいんじゃないかとも思います。

失敗してきた経験があるからかもしれません。私はそのおもしろさの可能性を性懲りも無く探してしまうんです。だから私は、今の仕事が好きです。(辛いことも多いですが・・・)

ということで、これから過去のたくさんの広告コピーの事例から法則を抽出しレポートにまとめ、言葉が持つ可能性とその法則を伝えていきたいと思っています。それが少しでも皆さんにとっておもしろいものや、役立つものになればと願います。

文章をこさえることはまだまだ未熟ですが、精一杯気持ちをこめてまいります。

よろしければ、どうぞお付き合いください。